2010-05-09

明治の末に生まれた新しい人間像 ~~『潤一郎ラビリンス〈3〉 (中公文庫)』

潤一郎ラビリンス〈3〉 (中公文庫)
潤一郎ラビリンス〈3〉 (中公文庫)

谷崎 潤一郎
中央公論社
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 明治の末に生まれた新しい人間像2008-09-07
この第3巻に収められている2編、「新童」と「異端者」、は谷崎理解への必読の作品でしょう。どちらも谷崎の青年時の告白編といっていいでしょう。もちろん谷崎らしくここにはさわやかな読後感なるものを期待するのは間違いです。この作品から浮かび上がるのは、驚くべきほどの自意識過剰の早熟した人間像です。そして余りあふれるほどの才能にもかかわらず、国家社会への意識が欠落した人間像です。前半は第一高等学校入学前(1904年前)の時期、そして後者は東大入学後(1908−1909年)の時期が対象となっているはずです。ところがこの2編のどこにも、日清並びに日露戦争をうかがわせる言及は一箇所もありません。ここに繰り広げられるのは没落した商人階級の家庭の貧窮した内情です。幸運のにも高等教育の機会を得、美意識に目覚めた(神童にはその発端が描かれます)主人公は、ここから抜け出そうともがくなかで抜け出せない焦燥感が告白されます。主人公の自意識過剰は、他者や身内への行き場のない冷酷さと、社会生活上の放蕩となって現れますが、ラスコリー二コフの哲学をうかがわせるほどです。驚くべきことに、ほぼ同年の啄木はもっとひどい境遇で、最後は社会的な意識がより強く出てきますが、谷崎の場合は最後までそのような大きなイデオロギーに眼が向くことはありません。この時点では整理のできない自意識を解明するために、「美」と「性」の深遠の探求に進むことになります。東京出身の谷崎には自然主義というがさつな「田舎物のルサンチマン」に逃避するには、余りにもこの「美」の持つ魅力にすでに触れすぎてしまっていたのかもしれません。
Reviewed By A1D9TNH5HIQC3Z

This review was cited from Amazon.co.jp.


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